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多摩地区
東京電工株式会社

東京電工株式会社 建築に不可欠な技術者、電気工事士。 磨いた腕で建物に魂を吹き込む

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建築に不可欠な技術者、電気工事士。 磨いた腕で建物に魂を吹き込む

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建築に不可欠な技術者、電気工事士。 磨いた腕で建物に魂を吹き込む

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技術者ストーリー
建築に不可欠な技術者、電気工事士。磨いた腕で建物に魂を吹き込む

 先の震災で体験した輪番停電。多くの人が、電気がなければ今の生活は成り立たないと実感させられたはずだ。しかし、明かりを灯し、テレビを映し、冷蔵庫、洗濯機を動かす電気がどこからどのようにして流れてきて、私達の住居や利用している施設内に行き渡っているのか考えたことがあるだろうか。決して目立ちはしないが、なくてはならない東京電工株式会社の仕事と同社の軌跡を紹介する。

建築工程の一部始終に携わる電気工事士

 建築現場の仕事人はと問われて頭に浮かぶのは、大工に鳶に左官というのが代表的だが、もう少し突き詰めていくと重機オペレーターもいれば、土木工、鉄筋工、瓦職人などが浮かんでくる。しかし、それだけで建物は完成しえない。多くの人が生命線ともいうべき、電気、ガス、水道といったインフラがなかなか出てこない。なるほど、ガス、水道は配管等の施工が限られているから、目立たないのは理解できるが、家や施設全体を、文字通り網羅する電気工事士は建物に魂を吹き込むいわば影の立役者といっても過言ではない存在。必要不可欠な仕事なのだ。
 発電所でつくられた数千ボルトから数万ボルトの電気は鉄塔から鉄塔に伝う送電線を伝って流れてくる。その間に幾度か変電所を通過、その度に電圧は下げられ、市街地に到達する頃には鉄塔は電柱に代わり、電圧は6600Vまで下げられている。さらにその電圧は、電柱の上に据え付けられた変圧器によって100Vや200Vに変換されて各家庭や様々な施設に配られている。家庭や建物に流れ込んだ電気は分電盤から壁裏や天井裏に張り巡らされたケーブルを通して各部屋に設置されたコンセントや照明器具などに分配される。その電気一切を施工するのが東京電工の仕事である。
 「壁の骨組みができたら電線を張って、天井ができたらそこにも線を渡す。さらに壁ができたらコンセント口を取り付け、天井にクロスが貼られたら照明器具を施工して、最後はきちんと電気が流れているか点灯試験をする。つまり、建築工程に沿って作業をしていくのが電気工事の仕事なんです」
 と話すのは同社の山本浩司社長。実は、工事で使う電源確保や避雷針設置といった作業もあるというから更地の時から現場に入っている。まさに建物の誕生の一部始終に寄り添う仕事なのである。
電気工事業に携わること60有余年。これまでサッカースタジアムや競馬場などの大型案件も数多く手掛けてきた同社だが、実は一時期、いかんともしがたい経営難に陥っていたことがあると山本社長は明かす。

body1-1.jpg若手からベテランまで幅広い年代がいる同社

なりふり構わず会社再建に奔走する

 「5年で会社を立て直そうと乗り込んできたのです」
 今年の8月に代表取締役に就任した山本社長がそんな熱い思いを抱いて同社にやってきたのは13年前のこと。同社は創業50年の歴史を数えながらも、長引く不況にあおりを受けて、経営は逼迫。大胆な経営改革が内外から求められ、創業者の孫にあたる山本社長に白羽の矢が立てられたのだった。
 このラブコールに山本社長は大いに逡巡した。実は商社で辣腕を振るっていた山本社長、30歳を前に仕事づくめの毎日に疑問を抱いた末に退職し、かねてより興味のあった海外での暮らしをスタートさせていたのだ。打診を受けたのは、永住権を取得しようかと考えていた矢先のことだったという。それでも、祖父が苦労して経営してきた会社の窮地を見て見ぬ振りはできない。そこで出した答えが5年という期限だった。5年後には自分が海外に戻っても会社が回るようになるまで育て上げる、そんな展望を持って同社の舵取りを決意したというわけだ。
 「でも、前職とは全く関係のない職種でしたし、私はもともと文系出身。いわば電気工事の『で』の字も知らない状態でしたから当然、不安はありましたよ」
 しかし、優秀な商社マンというのも伊達ではなかった。会社全体を把握するためには経理状況を把握する必要があるという考えから、入社したその年に建設業経理士の資格を習得。会社資金の出入りを監督する傍ら業務知識もおろそかにできないと難関国家資格である一級施工管理技士にも間もなく合格。並行して、どぶ板営業を展開。過去に取引のあった会社を全て洗い出し、一軒一軒、電話と訪問を繰り返していったのだ。
 「門前払いの連続でしたね。それにやっとチャンスが来ても、見積もりの金額が高過ぎると叱られる始末。こんな見積もりでは話にならない、紙の無駄だから持ってこなくていいよと一蹴されたこともありました」
 それでも山本社長はくじけなかった。一度傾いた会社を立て直すにはくじけてなどいられなかったというのが真実だろう。現場で使う工事材料や作業工程などを見直し、あらゆる無駄をカットした上で、一度冷たくあしらわれたクライアントにも果敢に食らいついていった。
 その大車輪の働きが会社を復活への道筋へと導いたのであろう。一件、また一件と取引先が増えていき、2年後には同社が悩まされ続けた不良債権を全て返し終えてしまったという。
 それから10年以上経った現在、資本金や売上はもとより従業員の数も倍以上になるなど、会社の規模も順調に拡大していっている。見事に再建してみせた山本社長だったが現在でも変わらず会社経営に邁進している。当初の予定だった5年も気づけば10年以上と笑う山本社長。今でも時折、海外での暮らしに思いを馳せることもあるというが、それとは裏腹に「今後はオリンピックやリニアモーターカーなど建築需要は高まる機運がある。事業所も増やして若手の育成にも尽力したい」と会社の未来に目を輝かせる。
 社員の面倒見も良いという山本社長を慕う従業員は多い。工事部の係長、野島正年さんもそのひとりだ。

body2-1.jpgありとあらゆることを改革したという山本浩司社長

全ての電気が灯った瞬間は何にも代え難い

 電気工事士の仕事は、現場で手を動かす職人と、その職人や工程を管理する現場代理人の仕事に分かれている。野島さんが携わっているのは現場代理人の仕事だ。
 「まず取り掛かるのが施工図の作成です。建築家が描く設計図は建物全体の大まかな図面ですので、それを工事のために使うより詳細な図面へと書き起こすのです。その施工図を元に照明器具やキュービクル、テレビの増幅器などの必要な機器の製造を専門業者に発注。その後は、工事が施工図通りに行われているか監督するなど、工事の全体を管理しています」
 入社10年目の野島さんはこれまで大型の案件を含め様々な工事に携わってきたというが、中でも思い出深いのが消防署の工事だったという。
 「特殊な建物なので色々とイレギュラーなことがありました。そもそも消防車の車庫の天井ってすごく高いですよね。その天井裏に電線を渡さなければなりませんでしたし、照明器具も設置しなければなりません。通常の脚立では届かないので足場を組んだり高所作業車を使うのですが、ひとつでも作業をやり忘れてしまうと、また足場を組んだりしなくてはならないんです。作業は細心の注意を払いました」
 消防署には119番受付や出動指令などを統括している指令台というものがある。その指令台周りの配線が最も苦労したポイントだと振り返る。
 「いろんな注文が出るんですよ。たとえば、出動命令が出ると隊員が待機する各個室にブザーで知らせるようになっているのですが、それを隊員が部屋の中からボタンを押さない限りは鳴り続けるようにしたいとか、隊員が止めたのを指令室で確認できるようランプを付けたいとか色々出ました。たとえ、急な要望でも工期を遅らせるわけにはいきませんから、施工図と指令台の機器詳細図に掛かりきりになって配線方法を思案しました。今となっては緊張感のある案件で感慨深いですね」
 そんな野島さんのような先輩達に一日でも早く追いつきたいと話すのが入社4年目の髙橋友歩さんだ。同社に入る前は飲食店で働いていたというから全くの未経験者。それでも、入社して半年ほどで建物一件の工事を任されたという。
 「現場に先輩が顔を出してフォローしてくれたり、分からないことがあればいつでも聞いてくれと言われていたので心強く、つつがなくこなせました。最後の点灯試験で光が一斉に点いたときは、この仕事は辞められないなと思いましたね」
 近くを通るたびに、ここは俺が担当したんだという思いに浸るという髙橋さん。まさに技術者ならではの達成感が得られるのがこの仕事の魅力といえよう。

body3-1.jpg後輩からの人望も厚い野島正年さん

編集部からのメッセージ

人材育成制度も改革し、若手社員のやりがいを醸成する


 同社を多角的に改革したという山本社長。人材育成制度も見直した。
 「技術者の仕事はなだらかに成長していくというよりは、ある時に点と点が合わさると急激に成長していく傾向があります。ですから、その成長期が来るまでは、本当に力がついてきているのか不安になり、道半ばで辞めてしまう若手が少なくないのです。そこで、できるだけ成長が感じられるようにランク分け制度を導入しました」
 また、若手が大人数での会議で発言するには、それなりの勇気が必要。そこで尻込みされては若手の意見が反映できないと、意見の言いやすい少人数制の会議、係会を発足。意見が出やすい環境をつくった。さらに、若手の離職率を下げる取組に着手する一方で、フットサルチームを作るなどして、先輩後輩の垣根なく和気あいあいとした雰囲気作りに成功している。山本社長が打ち出した改革は、着実に効果が出ているようだ。

edit-1.jpg先輩後輩の仲は良く、仕事もやりがい十分と話す髙橋友歩さん
  • 社名:東京電工株式会社
  • 設立年・創業年:設立年 1962年
  • 資本金:4,000万円
  • 代表者名:代表取締役 山本浩司
  • 従業員数:25名(内、女性従業員数6名)
  • 所在地:181-0012 東京都三鷹市上連雀7丁目20−10
  • TEL:0422-44-5591
  • URL:http://www.tokyodenko.com/
  • 採用情報:こちらからご確認ください。