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「江戸っ子1号」プロジェクト

苦闘 思いを形にするため産学官の力を集結

完成形が見えない江戸っ子1号。突破口になったのは壊れやすそうなガラス球だった

「どのような形で実現するか」と勉強会を開き始めた江戸っ子1号プロジェクトだったが、実は開始から1年半ほどは暗中模索。どんな深海探査機を作ればいいのか、見通しが立たない状況だった。
「最初考えていたのは、JAMSTECの保有する深海調査船「しんかい6500」に深海6000~7000メートルのところまで運んでもらって、そこから切り離されて単独行動する小型探査機でした。でも、その構想を実現するのに必要な費用を概算すると、機体を製造するだけで2億円、途中の設計・実験などにかかる費用も考えれば総額で5~6億円はかかることが分かりました。
そこまでの資金を工面することはできません。当社と浜野製作所さん以外に、興味を持ってくれた企業が十数社集まっていましたが、総額が分かってから1週間も経たずに、「そこまでお金を用意できない」と私たちを除いてみんな去っていってしまいましたね」(杉野社長)

「江戸っ子1号当初の構造」図
提供:江戸っ子1号プロジェクト推進委員会

せっかく賛同者が集まったけれど、数億円もかかるなら無理だろう――。そんな意見が大勢を占めたとき、JAMSTECの研究者から、こんな提案が飛び出した。「もっと単純な形にして、耐圧ガラスで作った球体に機材を入れて沈めるだけでも、深海探査はできるはずだ」と。

ガラスのような壊れやすい素材で作った球体が、本当に深海の水圧に耐えられるのか。関係者の中には、強い疑いを持つ者もいた。しかし、その研究者には実際に、ガラス球を使って深海探査をした実績があった。実績があるのなら、他に有力な案もないので試してみるか。市販の耐圧ガラスを使って実験してみたところ、ガラスでも十分に深海の圧力に耐えられるというデータが集まってきた。 「ガラス球が使えるのなら、探査機の大きさをずっと小さくできて、構造も簡略化できます。開発にかかる費用も2000万円ほどという見積もりになりました。「これなら何とかなる」とようやく目処が立ちました」(杉野社長)

欠けている技術はどうするか。江戸っ子1号の偉業は、多くの力が集まったからこそできたこと

ようやく見えた江戸っ子1号の完成形。しかし、構想を設計に落とし込もうと開発の進め方を具体的に考え始めると、また大きな課題に直面した。
「探査機を作るには、深海の水圧に耐えられるように強度を計算しながら設計しなくてはいけません。探査機が深海を撮影するには、海上からの指示を受け取って、カメラを動かすプログラムを書く必要もあります。探査機という製品を作るには、実にさまざまな技術が必要になるのです。

確かに杉野さんはゴム、浜野さんは板金・プレスの専門家です。参加いただいた大学の先生方の中には、通信について研究している先生や、強度計算に詳しい先生もいらっしゃいました。更に、「ガラス球をどうやって作るのか」「魚類などを撮影する3 Dカメラを操作する制御用プログラムをどうやって書くのか」と考えてみると、各々の技術についての適任者もいました。しかし、それを一つの機体として取りまとめるためには深海探査機開発の専門家が必要ですが、江戸っ子1号をJAMSTECの研究開発対象として取り上げてもらうことはできず、プロジェクト自らで取りまとめる必要がありました。(桂川コーディネーター)
最終的にその役割を担ったのは、桂川コーディネーター。原子炉燃料設計の経験を生かし、全体の取りまとめ役を務めることになった。「江戸っ子1号プロジェクトにとって、桂川さんの情熱は本当に大きかった」とは浜野社長の言葉。中小企業・大学・研究機関だけでなく、他にもさまざまな力が集まって成し遂げられたプロジェクトだったのだ。

「江戸っ子1号」技術会議
提供:江戸っ子1号プロジェクト推進委員会