技術 7800メートルの深海探査を支えた中小企業の力
開発中も次々と浮上してくる難題。深海でどうやってブロック間の通信を実現するか
全体を取りまとめる事務局の役割は東京東信用金庫が務め、深海探査機全体の設計や深海での耐久力を解析するのは大学が担当、深海探査機本体やガラス球、照明球、撮影球、採泥器などの部品も製作担当の企業が決まった。そしてJAMSTECが専門家として支援に回り、進め方について助言して必要な試験環境・機材などを提供する。そのように体制が整った。必要な技術を持つ中小企業も見つかり、協力を得られることに。ようやく開発に着手したわけだが、開発に入ってからも、依然として課題が浮上してきた。
そのうちの1つは「深海でどうやって各ブロックが通信するか」だった。照明や撮影に必要な装置を1つのガラス球にまとめて入れておけば、各ブロックが通信する必要はない。しかし江戸っ子1号の目的は、深海探査を成功させることだけではなかった。深海探査が成功したら、深海探査に興味を持つ団体・企業から問い合わせが入るだろう。そうなったとき、各団体・企業が望む機能を持った深海探査機を製作できると示しておく必要があった。そこで深海に光を当てる照明球、ビデオカメラを収納した撮影球、泥を採取する採泥器といった具合にブロックごとに機能を持たせる基本設計を採用。将来的には、各団体・企業が求める機能を持つブロックを組み合わせて、通信球から指令を出すことで各ブロックを動かせる探査機にしようと考えたのだった。
しかし、深海で無線を使って通信しようとしても、電波が近くの球まで届かない。どうにかして通信することはできないかと打開策を模索していると、東京海洋大学のある学生が「海中ロボットの実験をしていたとき、ゴムを通せば電波を受信できることがあった」と発言した。
「それを聞いて「しめた」と思いましたね。私はゴムが専門。ゴムだったら、どんな難しいものでも開発してやろうと意欲が湧いてきました」(杉野社長)
新種ゴムの開発経験が生きた! 20種類の中から最適なゴムを選び、新素材の土台に
「ゴムを通せば電波を受信できることがある」といっても、とにかくゴムを通せばうまく通信できるようになるわけではなかった。杉野ゴム化学工業所では、20種類ほどのゴムを用意。試験してみたところ、20種類中2種類のゴムが電波を通しやすいことが分かった。さらに詳しく解析した結果、2種類のゴムに含まれるどんな成分が電気を通すのかまで突き止められた。そうして得られたデータを基に、さまざまな素材を混ぜ合わせて試行錯誤してみたことで、深海でも十分に電波を伝えられるゴムの開発に成功。このゴムは球と球との間に挟み込まれ、糸電話が振動によって音を伝えるかのように電波を伝える役割を果たすことになった。
「そもそも、20種類ものゴムをすぐに用意して試験するのも、当社でないと難しかったと思います。当社はふだんから、顧客企業から依頼を受けて、新種のゴムを開発する仕事を任されていますから。他の企業なら、要求を満たすゴムを開発できたか分かりません。少なくとも、ゴムを取り寄せるだけでも1~2カ月はかかったはずですから、もっと開発に時間がかかったことでしょう」(杉野社長)